土佐日記

なんで、土佐日記を書いた紀貫之は自分の毎日を綴りたいと思ったんだろうか。
 
この間、どうやったら綺麗な文章書けるのかという本を読んだんだけれども、だからといって自信ができるかというと全くできる気がしないのであった。きれいな文章を書くことができる人は魅力的だ。しかしながら、きれいな文章というものは、一朝一夕でかけるものではない。ほかのスキルと同じように、日々磨かなければいけないものなのだ。私には雑多ななんでもないような文章書く事しかできない。そのうちもっと中身のある文章書くことができただとも思うのだが、どうできるようにはならないだろう。私は筋金入りの飽き性なのだ。三日坊主マイスターと呼んでもらっても構わない。
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